君はナポレオン・ボナパルトが好きですか

はじめに

君はナポレオン・ボナパルトが好きですか?

フランス人は大好きですね。

この矛盾に満ちた「人物の魅力」ってどこにあるのでしょうか?

現在も、ナポレオンになりたくてしょうがない人が、沢山いますね。

トランプも習近平もプーチンも、いやいや、日本にもいますね。

ダヴィッド「ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト」
ダヴィッド「ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト」 【画像の引用元

ともあれ、カッコいいですね。「大衆受けするポーズ」が多いけど似合っていますね。

意識してポーズを作って作画しているのにサマになっています。

決して、自由・平等・博愛の精神を広めた人ではない

ナポレオン・ボナパルトは、生粋のフランス人ではありません。

コルシカ島に生まれたイタリア系の軍人です。

ましてや、フランス革命の精神を体現した人物はありません。

それなのに、ものすごく「人気と存在感」があるのはなぜでしょうか。

彼は、強烈にナショナリズムを煽り、フランスの自国中心主義を貫いた人です。

だから、現在の政治家・投資家・企業人の「覇権主義者の理想像」となっていると思います。

ドラクロア「民衆を導く自由の女神」
ドラクロア「民衆を導く自由の女神」 【画像の引用元

受験アドバイス

フランス革命でも、最初から多くの人が自由・平等を求めて立ち上がったのではありません。貧しい人々が求めたものは「一切れのパンと平和」でした。受験勉強は、歴史的な年号や事件を覚えるだけでなく、その背景となっている「人々の暮らし」を理解することが基本です。

「ここから,そしてこの日から,世界史の新しい時代が始まる」

これは、ゲーテの言葉です。

プロイセン軍は「フランス革命軍の勢い」を抑え込むために、国境を越えて侵入してきました。

この時、プロイセン軍の中にゲーテがいました。

ゲーテは素人の革命軍が、プロの軍隊を破ったことを目撃して(ヴァルミーの戦い:1792年)、これを自分の日記に記したといわれます。

「職業軍人団」が、訓練が行き届かない「市民義勇軍」に敗れた事件です。

ゲーテの慧眼は「これが歴史の転換になる」と認識したのです。

つまり「新しい国民国家」が誕生すると予見したのです。

受験アドバイス

軍人ナポレオンも、文豪ゲーテも、音楽家のベートーヴェンも、画家のゴアも全て「時代の子」です。それぞれの人が「生きた時代の証言者」です。

それぞれが、独立した存在でありながら、相互に絡み合い、関係した存在です。「時代を見る目」を受験勉強で養いましょう。「現代から未来を見る目」に通じます。

「ラ・マルセイエーズ」を禁止したナポレオン

「ラ・マルセイエーズ」はフランス国歌ですが、革命の歌です。

歌詞・内容に注目してください。

「野に山に、血に飢えた敵どもが攻めて来た!武器をとれ!市民たちよ!」という内容です。

革命を支援するために、マルセイユの港町からパリに来た義勇軍がうたっていた行進曲です。

だから、戦闘的な内容です。「EUの時代にふさわしくない」という意見がありますが、高揚した気分が伝わってきますね。

ラ・マルセイエーズの楽譜 義勇軍が描かれている
ラ・マルセイエーズの楽譜 義勇軍が描かれている 【画像の引用元

その後、フランス革命(1789年)がどのように進んだか。

第1共和政(1792年)の成立から、ナポレオンによる第1帝政(1804年)までの流れと、反ナポレオンの「ウィーン会議」など、ドラマティックな展開は国民国家建設の入口です。

ちなみに、ナポレオンは自分が「皇帝」になると、「ラ・マルセイエーズ」を公の場で歌うことを禁止しました。

理由は??

受験アドバイス

反ナポレオン会議がウィーンで開かれました。この会は「会議は踊る。されど進まず」と言われ、華やかな舞踏会の踊りの間に、外交交渉が行われました。

この背景の中でウィンナー・ワルツの名曲がたくさん生まれました。「美しく、青きドナウ」などヨハン・シュトラウス親子の活躍です。君は「New year concert」のラストの「ラデツキー行進曲」ですね。政治史と併せて文化史を学習しましょう。

ウィーンの舞踏会でワルツを踊る
ウィーンの舞踏会でワルツを踊る 【画像の引用元

ベートーヴェンは、ナポレオンの前で演奏したか?

ナポレオンは、「自由と平等を掲げる革命軍」というプロバカンダ(政治的な意味を持つ宣伝)で戦争を行っていたので、当時、「王政支配に苦しんでいた各国の民衆」から歓迎されていました。

自分たちを苦しめている社会制度を、ナポレオンが打ち破ってくれると信じたのです。

ウィーンにいたベートーヴェンも同じでした。

ベートーヴェンは、「ナポレオンに早くウィーンを占領してもらいたい」と願うほど心酔してして「ボナパルト」という交響曲も作曲しました。

雄大な交響曲第3番「エロイカ」です。

ベートーヴェン
ベートーヴェン 【画像の引用元

しかし、現実のナポレオンは違いました。

交響曲「ボナパルト」が完成して間もなく、ナポレオンは「皇帝に即位」(1804年)します。

これを聞いて激怒したベートーヴェンは「奴も俗物にすぎなかったか!」と「ナポレオンに捧げる」と記された表紙を破り捨てたといわれます。

ダヴィット「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」
ダヴィット「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」 【画像の引用元

プロイセン軍を破り、ベルリンに到着した征服者ナポレオンは、ベートーヴェンに「自分の前でピアノ演奏するように要請」しましたが、ベートーヴェンは応じず、雲隠れしてしまったそうです。

これらは伝記作家の創作だという説がありますが、いずれにしても「芸術家の矜持」を示しているといえます。

受験アドバイス

絵画も音楽も、個人的な趣味・嗜好だけではなく、主義・主張の表現方法です。特に写真がなかった時代には、貴重な意思伝達の手段で̪した。ナポレオンは絵画を政治的に積極的に利用しました。これを「芸術と言えるかどうか」議論が分かれます。君はどのように思いますか?

「ドイツ国民に告ぐ」

ベルリンのブランデンブルグ門の下に、旧東・旧西ドイツを繋ぐ大きな道路があります。

私は自動車を降りて、まだ「ベルリンの壁」の跡が残っている地域を歩きながら、1802年にこの門を通ったナポレオンのことを思いました。

戦いに敗れ(1806年)、打ちひしがれたドイツの人々。

フランス兵士の軍靴が鳴り響くこの時に、ベルリン大学のフィヒテ教授は、「ドイツ国民に告ぐ」という愛国心に満ちた講演を行います。

寒い冬の講堂で14回もです。

「さあ!ドイツ国民よ。立ち上がらなくてはいけない!」と、祖国の再生を訴えたのです。

これが教育者の行動です。命がけです。

フンボルト(ベルリン)大学の正門
フンボルト(ベルリン)大学の正門 【画像の引用元

受験アドバイス

フンボルト(ベルリン)大学は「東大のモデル」となった大学です。「人材育成の拠点」です。東京大学も同じです。君が目指している大学は、入学することの「向こうにある使命」があることを意識してください。ナポレオンに敗れたプロイセンは、大胆な改革を行い「国民国家ドイツ」として再生していきます。その重要な柱の一つが「教育改革」でした。現在の日本も同じ状況ですね。大きく志を持って勉強してください。

自然を甘く見ると、とてつもない「しっぺ返し」がくる

いつの時代でも、どうして権力を持つと「壁」をつくりたがるのでしょうか。

ベルリンに入ったナポレオンも、ここでライバルの大国イギリスを封じ込めるために「大陸封鎖令(=ベルリン勅令)」を出します。

彼は「自然国境説」を主張して、フランス第一主義の帝国支配を確立しようと各国に戦争を仕掛けます。

まさに、自由・平等、ましてや博愛の精神とは真逆の侵略戦争を展開するのです。

だから「封鎖令」に従わないロシアにも攻めていきます。

トルストイの『戦争と平和』はナポレオン戦争を下敷きにした長編小説です。

ナポレオンは、「モスクワの冬将軍に敗れる」のですが、「自然を甘く見たら、人間の営みは簡単に崩壊する例」として捉えて良いと思います。

小説のすごさは直接読めばわかります。映画化されていますから、イメージの拡大になるでしょう。

現在、中国で流行し、世界を巻き込んでいるコロナウイルスの猛威も「自然の掟」に反するものです。

もっと自然に対して謙虚にならなければいけません。

「戦争と平和」旧ソ連邦が国家の威信をかけて作成した映画
「戦争と平和」旧ソ連邦が国家の威信をかけて作成した映画 【画像の引用元

受験アドバイス

スイスで1月に行われた第50回「ダボス会議」の重要なテーマは気候変動でしたね。この会議とグレタ・トウーンベリさん(スウェーデン:17歳)の発言は、どこかの大学入試で出題されると思います。同世代の女性の発言と行動について、君の意見を持っていてください。これからは、そういう時代です。

ゴヤの絵画はナポレオンの支配への幻滅と抵抗を表現する

ナポレオンは、スペインにも攻めていきます。

圧迫された民衆の開放が宣伝文句ですから、画家のゴヤも大歓迎します。

しかし、ナポレオン軍の実態はひどいものでした。

ゴヤは激しい怒りを絵画で表現します。

これが有名な「マドリード、1808年5月3日」です。

告発を絵画で表現したのです。

ゴヤ「マドリード、1808年5月3日」
ゴヤ「マドリード、1808年5月3日」 【画像の引用元

受験アドバイス

画家ゴヤの人生は凄まじいです。タピストリーの下絵を描く職人から、宮廷画家になるまで昇りつめながら、盲目になっていく。君もスペインに行って「黒い絵」を見ると、ゴヤのすごさの前で唖然とするだろう。絵画の裏に「時代がある」ことを意識して、受験を逞しく乗り切って欲しいです。

ロゼッタ石とナポレオン

1799年。青年将軍のナポレオン・ボナパルトはエジプトに遠征して「Rosetta Stone」を発見します。

この遠征に、160名以上の学者(天文・幾何・化学・動物・植物・医学・美術・建築など)が同行していました。

彼は「アレクサンドロス大王を真似た」といわれますが、ともあれ、ナポレオンの視野の広さ、大きさが、現在まで続く人気の秘密ですね。

ロゼッタ・ストーン
ロゼッタ・ストーン 【画像の引用元
ナポレオンに同行した画家のスケッチ
ナポレオンに同行した画家のスケッチ 【画像の引用元

彼は「兵士諸君!このピラミッドの上から4000年の歴史が君たちを見下ろしている」と言ったそうですが、こうした発想と行動が指導者には大切です。

私は、イギリスの大英博物館で「Rosetta Stone」の 実物を見たことがありますが、ここから「エジプト史」の研究が始まります。

現在でも言えることですが、世界の強国になるには「軍事力」・「経済力」・「文化力」がそろわなければなりません。

現在の覇権を狙う指導者に欠けているものは「文化力」です。

文化力なくして、とてもナポレオンにはなれないと思います。

社会がグローバルになればなるほど「歴史や文化を尊重する姿勢」が大切になります。

自国第一主義だけでは、世界の覇者にはなれない。

覇者になったナポレオンは、他国を支配し、他国の文化・伝統を尊重しなくなったので滅びましたね。

自然と同様に「文化は力」なのです。装飾ではありません。これを肝に銘じておいてください。

シャンポリオンの解読
シャンポリオンの解読 【画像の引用元

受験アドバイス

日本も、第2次世界大戦でもっと「他国の伝統や文化を尊重する姿勢」を持っていたら、他国、特に東南アジアの国々から「もっと尊敬された」ことでしょう。

君は、この広さ・大らかさを持つ「豊かな人間」になってほしいと願っています。

(安達昌二:お茶の水ゼミナール特別顧問)